MASJID CHENG HOO

(チェン・ホー・モスク)

2016年2月17日

スラバヤ市内中心地にある、赤と緑の中華風の建物。
これ、実はモスクなんです。Masjid Cheng Hoo、チェン・ホー・モスク。
その名の通り、チェン・ホー氏を称えて2002年に建設されました。

インドネシア初、中華系ムスリムの名を持つモスク

モスク名となっているチェン・ホー、日本では鄭和(ていわ)という和名で知られています。
彼は中国明朝時代の永楽帝に仕えた武将で、南海への七度にわたる大航海を指揮した人物です。

元々の名を馬三保という、後のチェン・ホーは雲南でムスリムの一家に生まれました。
チェン・ホーがイスラム教徒の出身だったことは、のちに永楽帝がチェン・ホーを航海の指揮官として命じた理由の一つだと考えられているそうです。

チェン・ホーによる最初の航海は1405年。2万7800人を超える船団を率いていたと言われています。それから7度に渡り、東南アジア、インドからアラビア半島、アフリカに及ぶ大航海を成し遂げます。
ヨーロッパ大航海時代の人物、コロンブスやバスコダガマ、マゼランよりもなんと百年前後も早く、彼は大航海の旅へと出ているのです。

チェン・ホー艦隊の進路(出典:ウィキペディア)
チェン・ホー艦隊の進路(出典:ウィキペディア)

彼は50を超える国・地域を訪れ、各地で友好な関係を築きました。
中でも中部ジャワのスマランや、東部ジャワのスラバヤへは何度か訪れ、それらの地域に既に在住していた中華系ムスリムとの親交についての記録もあるそうです。

「インドネシアやマレームスリムの親睦な関係を発展させたのは、チェン・ホー氏をおいて他にいません。」
イスラム教の指導者であり、イスラム学者の一人として知られるHamka氏は、1961年にこのような言葉を残しています。

大航海を成し遂げた偉大な人物であり、各地で友好的な関係を構築した使者であり、そして敬虔なムスリムであるチェン・ホー氏を称え、彼が訪れたスラバヤに、このチェン・ホー・モスクが建設されたのです。

チェン・ホー・モスクに込められた意味

チェン・ホー・モスクのメインの建物の大きさは、11M x 9M。
この数字には其々意味があるんです。
11Mとは、カーバ神殿、つまりイスラム教における最高の聖地メッカにある聖殿と同じ長さを設計に取り入れたもの。
そして、9という数字には、ジャワ地域にイスラム教を布教した9人の敬虔なイスラム指導者への敬意が込められています。

中央の8角形の屋根には幸運や成功といった意味があります。
また、"平和を貴ぶ宗教"としてのイスラム教を象徴したものでもあるそうです。それは、こんな逸話が元になっています。
『預言者ムハンマドがメッカでの迫害からメディアへと逃れていた際、追討隊から身を隠すために、彼は洞窟に逃げ込もうとします。しかし、その入り口には8角形をした蜘蛛の巣が張っていました。ムハンマドは追ってが迫っているにも関わらず、蜘蛛の巣を壊すことを避けひたすらに神アッラーに庇護を求め祈りました。その願いは聞き入れられ、ムハンマドは蜘蛛の巣を壊すことなく洞窟の中に入り難を逃れ、その後無事メディナへの旅を続けることが出来ました。』

中国の寺院のような建築様式を用いたのは、中華系ムスリムとしてのアイデンティティの象徴であり、また、中国仏教徒の先祖たちに思いを馳せるという意味合いもあるのだそう。

モスクの右側には、チェン・ホーが描かれ、彼の艦隊を模したものが作られています。
「ムスリムであることで恥じいったり、逆に横柄になったりすべきでもない」
中華系ムスリムの人々へのそんなメッセージが込められているのだそうです。

チェン・ホー・モスク。
600年を超える歴史と、この地に根付いた独特のイスラム文化を感じさせてくれます。